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作曲家・雁部一浩氏のピアノ

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    先日、作曲家/ピアニストである雁部一浩氏のピアノCDを聴く機会があった。
    日頃の私は現代ピアニストの演奏を自ら進んであまり聴かないのだけれど、雁部氏の演奏には大いに心を動かされた。私としてはとても珍しいことだ。

    近年もDiskArtレーベルより新録音を続ける氏であるが、私がはじめに聴いたCDは1988年バリオホールにおけるデビューリサイタルのライブ盤で、ALM RECORDSというレーベルから発売されていたもの(現在は売切れで入手困難なので、中古盤を探すのが早い)。まず目を引いたのがスクリャービンの「練習曲 Op.8-12」である。この曲と縁浅からぬ私にとって、ピアニストの心のうちを知るにはもってこいのプログラムだ。

    まず雁部氏のソフトな出だしに「おやっ?」と耳を澄ましていると、静かな語り口に秘めた暗い情熱にグイグイと引込まれた。右手の駆け上がるようなパッセージが印象的な中間部では、スクリャービンの波乱の人生に思いを馳せるような世界観が視覚的イメージを伴うかの様に繰り広げられ、バスのオクターブはルート音としておざなりに扱われることなく音楽を有機的に支え、構成を明晰にさせる使命を負わされて徐々に情感を昂らせはじめる。
    再現部ではテーマが和音の連打を伴って戻り(スクリャービンはショパンの「夜想曲 第13番 Op.48-1」からインスピレーションを受けたのではないだろうか)ひとしきり唱った後、一気にクライマックスへ。ここからの爆発度は相当なものだが、むしろ細部まで行き届いた解釈が結果的に造り出したスケールの大きな音楽に心を打たれた。(追記:後述のDVDに「練習曲 Op.8-12」の約20年後の異演が収録されていいる)

    続いてショパン「告別のワルツ」では、雁部氏自身による大胆なアレンジが施されているのも大変興味深い。これはミハウォスキローゼンタール、ゴドフスキ、モンポウなどのマナーを正統に受け継いだクオリティである。どうやら最近の演奏会でも「小犬のワルツ」の洗練された編曲をアンコールピースとして演奏している様子で、これらの音源もぜひCDリリースして欲しいと願っている。そして、雁部氏が最も敬意を払っているように感じるリスト「コンソレーション第三番」「ウィーンの夜会第六番」や、本来の資質によって十八番と思われるラフマニノフ、ゴドフスキなど、聴き所は枚挙にいとまない。

    現在入手可能な新録音では、更に進化・洗練され、深みを増した雁部氏の演奏を堪能することができる。
    とりわけまず推薦したいのが雁部一浩 ピアノリサイタル [DVD]だ。収録された演奏はどの曲も素晴らしく、特にスカルラッティ「ソナタL.104」における奇跡的なまでに美しい装飾音の扱い、官能的でかつ神聖なリスト「ペトラルカのソネット第104番」プーニョやミハウォスキの名演にも並ぶメンデルスゾーン「狩の歌」における端正かつスケールの大きな解釈は真に必聴である。これらを含む演奏の一部はWEBサイトで試聴できるが、なかなかその魅力の本領は(個人的な感想であるが)伝えきれていない。できれば是非、手に取って自宅のオーディオで聴いて欲しい。真剣に向き合う価値のある音楽であると私は思う。

    雁部氏の演奏の特色は、自身が作曲家であること、そして19世紀のピアニズムへの造詣が深いことを抜きにしては考えられないだろう。ムジカノーヴァなどへの様々な連載や「ピアノの知識と演奏―音楽的な表現のために」 (ムジカノーヴァ叢書) などの著作には、パッハマン、ラフマニノフ、ホフマン、ゴドフスキ、ブゾーニペトリといった往年の巨匠たちの演奏からの引用が多く散見されるが、そういった19世紀の演奏家たちはみな一様に作曲をし、そのほとんどが自作ピアノ曲の録音まで残している。「一見やりたい放題にも思える19世紀的な演奏は、けっして出鱈目な自由ではなく、むしろ真に音楽的な教養に基づくものであり、その即興性の中にショーペンハウエルが言うところの『芸術とは第二の自然である』という法則を感じさせるものだと思う。」とは雁部氏の言葉であるが、私はこの言葉に手放しで賛同したい。

    現代ピアニストたちは、作曲家としての能力が求められなくなったことにより指を訓練する時間を得た。しかし、その一方では音楽を多角的に理解し表現する能力を失っているのではないか。私は最近「これは相当に深刻で危機的な状況である」と、多くの進歩的な音楽家たちが気づき始めたと体感する機会が多いのだ。これは非常に良い兆候だと思う。
    しかしまだまだ、このテーマは利害関係を超え音楽家同士の間でもっと議論されてしかるべきではないかと思っている。そうでなければ芸術家として本当の尊厳を取り戻すチャンスを遠い未来まで取り逃すことになるだろう・・・そんなことを雁部氏の演奏に耳を傾けながら考えてしまった。

    晩年のボシュニアコーヴィッチが来日の折、雁部氏の自宅を訪れてピアノ演奏をして行ったと聞いた。なるほど、雁部氏のロマンティシズムにシンパシーを感じていたのであろう。ふとそう思って、なんだか妙に嬉しくなってしまった。


    ゴットシャルクのピアノ曲

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      ゴットシャルクの作品は早くもアコースティック録音時代に、Frank La Forge、Guiomar Novaes、Paul Astor(Easthope Martin)、Chales Goodall、Celeste Chop=Gronenveltなどがピアノ作品を残しているが、Novaesの名盤「ブラジル国歌による大幻想曲」を除いてそれほど面白いものでもないと思っていた。

      ところが、気まぐれに入手したJenne BehrendのLPを聴いて以来、俄然ゴットシャルクのファンになってしまった。Behrendは夫であるAlexander Kelberneとのデュオの78盤が有名だが、このレコードは1950年代のMGMレーベルのLP盤。女流ピアニストとは思えないテクニックの冴えは正直驚かされた。そして、録音もカチッとしたモノラルの理想的なピアノ音。「The Banjo」や「The Union」のド派手な演奏は、理屈抜きで楽しめる逸品。なぜか人気のないレコードなので売価も安いと思う。ゴットシャルク・ファンならずとも、ピアノ・ファンは見かけたら騙されたと思って購入しても損はないと思う一枚。今日も今日とてレコードを磨く。





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